デジタル化が急速に進む現代社会では、行政手続きからオンラインショッピング、各種サービスの契約まで、私たちの生活はデジタル技術なしでは成り立たなくなりました。それに伴い、「画面の向こうにいるのは、本当にその本人で間違いないか?」を確認する「本人確認」の重要性が、かつてないほど高まっています。しかし、私たちは今も物理的なカードや、脆弱なパスワードといった従来の本人確認方法に多くの時間と不安を費やしていないでしょうか。こうした課題を根本から解決し、私たちのデジタルライフをより安全で、快適なものへと導く鍵として、今、「mdoc(エムドック)」という新しい国際技術が世界中で大きな注目を集めています。この記事では、この「mdoc」とは一体何なのか、その仕組みやメリット、私たちの生活にどのような変化をもたらすのか、そして日本での導入状況まで、一つひとつ丁寧に解き明かしていきます。この記事は、読者の皆様に正確な情報をお届けするため、mdocの国際標準規格である「ISO/IEC 18013-5」や、デジタル庁が公開する「デジタル社会の実現に向けた重点計画」を主な情報源としています。目次mdocとは?スマホが「公的な身分証明書」になる国際ルールまず、mdocとは何か、その基本からご説明します。 mdocとは「mobile document(モバイル・ドキュメント)」の略称で、一言でいえば「運転免許証やマイナンバーカードといった身分証明書を、安全なデジタル形式でスマートフォンに格納し、提示できるようにするための国際的な技術ルール(規格)」のことです。日本では、この仕組みはマイナンバー法に基づき「カード代替電磁的記録」と呼ばれています。そのデータ構造は、国際標準規格である「ISO/IEC 18013-5」のmdocデータモデルに準拠しており 、このサービスは2025年6月24日からiPhoneでも利用可能になりました。▼iPhoneで利用可能になったマイナンバーカードに関しては以下で詳しく紹介しています。「iPhoneのマイナンバーカード」ついに提供開始|利活用ポイントは - ポケットサイン株式会社これは、スマートフォン自体が身分証明書になるのではなく、あくまでスマホが物理カードに代わる「身分証明書を提示するための媒体(器)」となることを意味します。この「器」の中に、発行元である国などが正式に保証したデジタルの身分情報が格納される、という点が重要です。この関係は、お使いの「財布」と「身分証明書カード」の関係に似ています。財布そのものが身分証明書なのではなく、財布はあくまでカードを入れておくための「いれもの」となります。それと同じで、スマートフォンが「財布」の役割、そしてその中に格納されるデジタルの身分情報が運転免許証やマイナンバーカードなどの「カード」の役割を果たします。これにより、財布からカードを探す手間なく、スマートフォン一つで様々な場面で自分自身を証明できるようになるのです。mdocが起こす2つの革命:「利便性」と「プライバシー」mdocがこれまでの本人確認と決定的に違うのは、単にカードがスマホに入るという手軽さだけではありません。mdocは、私たちの本人確認のあり方に、大きく2つの革命をもたらします。圧倒的な利便性の向上スマートフォン一つであらゆる本人確認がスマートに完了します。財布からカードを探したり、書類をコピーしたりする手間がなくなります。プライバシー保護の新しいカタチこれまでは身分証を見せると、そこに書かれた全ての情報が相手に伝わってしまいました。mdocでは、相手に渡す情報を自分で選べるようになります。例えば、「20歳以上である」という事実だけを証明するために、誕生日や住所といった個人情報を見せる必要がなくなるのです。特にこの2つ目の「プライバシーを自分で守れる」という点は、mdocの最も革新的な側面です。では、これらのメリットは、具体的に私たちの生活をどのように変えるのでしょうか。次の章で、その具体的な使い方や便利なシーンを詳しく見ていきましょう。mdocがもたらす具体的なメリットmdocが私たちの社会に普及すると、本人確認のあり方が根本から変わり、生活はより便利で安全になります。この章では、mdocがもたらす具体的なメリットを3つの側面に分けて、詳しくご紹介します。プライバシーは「全部見せる」から「選んで見せる」時代へmdocが持つ最も画期的で重要な機能が「選択的開示(Selective Disclosure)」です。これは、本人確認の際に、提示する情報を自分で選び、必要最小限の情報だけを相手に伝えられる仕組みを指します。引用:マイナンバーカード機能のスマホ搭載について例えば、あなたがコンビニでお酒を買う際の年齢確認を想像してみてください。これまでの本人確認:レジで運転免許証を提示します。このとき店員さんには、あなたの顔写真や氏名、住所、そして生年月日といった、購入には直接関係のない個人情報まで含んだ、カード上のすべての情報が見えてしまっていました。mdocによる本人確認:スマートフォンの画面をレジのリーダーにかざします。すると、店員さんの端末には「20歳以上です」という事実だけが表示されます。あなたの正確な誕生日や住所といった、今回の取引に不要なプライベートな情報は、一切伝わりません。では、具体的に「どうやって」情報を選ぶのでしょうか?この「選ぶ」という操作は、私たちが普段から使い慣れているスマートフォンの機能とよく似ており、非常に簡単です。スマートフォンのアプリが「写真へのアクセスを求めています」や「位置情報の利用を許可しますか?」と尋ねてくる、あの確認画面を思い出してください。mdocの操作は、あれとほぼ同じです。お店やサービスから「リクエスト」が届く:本人確認が必要になると、お店のレジやウェブサイトから「この情報をください」というリクエストが、あなたのスマートフォンに通知として届きます。スマホ画面で「確認」する:すると、スマートフォンの画面に「〇〇(お店の名前)が "20歳以上であることの証明" を求めています」といった、分かりやすい確認メッセージが表示されます。あなたが「許可」する:あなたがその内容を見て問題がなければ、Face IDやTouch IDで認証したり、「許可」ボタンをタップしたりします。このあなたの「許可」という行為があって初めて、要求された情報だけが相手に安全に送信されるのです。このように、mdocでは一方的に情報をスキャンされるのではなく、必ずあなたの「事前の確認と許可」というワンクッションが入ります。 これこそが、プライバシーの主権を個人の手に取り戻す、非常に重要な仕組みなのです。偽造も紛失も怖くない「デジタル金庫」「スマートフォンに身分証を入れるなんて、落とした時に危ないのでは?」と心配されるかもしれませんが、mdocは物理的なカードよりも格段に安全な仕組みを備えています。その理由は、二重の強固なセキュリティにあります。発行元による「デジタルの封印」 mdocのデータは、発行元である国や地方自治体などによって、高度な暗号技術を用いた「電子署名」が施されています。これは、データが本物であり、途中で誰にも改ざんされていないことを数学的に証明する「デジタルの封印」のようなものです。もし誰かが不正にデータを書き換えようとしても、この「封印」が壊れるため、偽造は即座に見破られます。スマートフォン本体の「ロック機能」 万が一スマートフォンを紛失しても、Face IDや指紋認証といった生体認証でロックされているため、あなた以外はスマートフォンのロックを解除できず、中の身分証明書の情報にアクセスすること自体ができません。これは、何のロックもかかっていない物理的なカードを財布ごと落としてしまうよりも、はるかに安全と言えるでしょう。参照:マイナンバーカード機能のスマホ搭載について面倒な手続きがボタン一つで完了銀行口座の開設、携帯電話の契約、不動産の賃貸契約、ホテルのチェックイン…。これまで、私たちは様々な場面で身分証明書のコピーを提出し、事業者はそれを手作業で確認・保管するという、双方にとって非常に手間のかかる作業を行ってきました。mdocが普及すれば、こうした手続きはスマートフォンの画面で「許可」ボタンを押すだけで完了します。私たち利用者の手間が省けるだけでなく、事業者側も本人確認にかかるコストや事務作業の負担を大幅に削減できます。これにより、より迅速で質の高いサービスが提供されるようになり、社会全体の生産性向上にも繋がるのです。日本での導入状況とマイナンバーカードとの連携このmdocの導入は、日本でも国を挙げて進められています。ここでは、その最新状況をご説明します。マイナンバーカード機能のスマホ搭載が本格化日本のデジタル化を推進するデジタル庁は、マイナンバーカードの機能をスマートフォンに搭載するにあたり、法律で定められた「カード代替電磁的記録」という仕組みを導入しました。この記録のデータ構造は、国際標準であるISO/IEC 18013-5のmdocデータモデルに準拠して作られています。これにより、物理的なマイナンバーカードを持ち歩かなくても、スマートフォンだけでマイナポータルへのログインや、様々な行政・民間サービスでの本人確認が可能になります。iPhone:2025年6月24日より対応が開始されました。Apple Payのように、Face IDやTouch IDを使った生体認証で手軽に利用できます。Android:2026年秋ごろに対応予定。※Android端末では、2023年5月からマイナンバーカードの「公的個人認証サービス」の利用が可能になっていますが、デジタル庁の重点計画によるとmdocへの対応は2026年秋ごろを予定しています。参考:デジタル社会の形成に関する重点計画・情報システム整備計画・官民データ活用推 進基本計画|デジタル庁運転免許証との一体化も視野にさらに政府は、マイナンバーカードと運転免許証の機能を一体化し、それをスマートフォンに格納する方針を掲げています。2026年末までには、その実現を目指すとしており、将来的にはスマートフォン一つで運転資格の証明も可能になる時代が訪れるかもしれません。※現時点では、スマートフォンのマイナンバーカード機能が、法律上の運転免許証の代わりになるわけではありません。交通ルールに従い、必ず物理的な運転免許証を携帯してください。参考:国民の体験向上に向けた行政サービスの導入計画従来の本人確認による課題とmdocが生まれた背景ここで少し、そもそもなぜmdocのような新しい仕組みが必要とされるようになったのか、その背景を掘り下げてみましょう。それは、私たちが普段使っている本人確認方法が、現代のデジタル社会において多くの課題を抱えているからです。課題1:すべてを見せてしまう物理カードのプライバシー問題運転免許証や保険証といった物理的なカードは、提示を求められると、そこに記載されたすべての情報を相手に見せるしかありませんでした。前述の年齢確認のように、ただ一つの事実を証明したいだけなのに、関係のない個人情報まで渡してしまうのは、プライバシー保護の観点から大きな欠陥と言えます。課題2:後を絶たないパスワードの漏洩と管理の限界オンラインサービスで多用されるIDとパスワードの組み合わせは、さらに深刻な問題を抱えています。サービスごとに異なるパスワードを設定・記憶するのは非常に煩雑で、結果として同じパスワードを使い回してしまいがちです。これにより、一つのサービスで情報が漏洩すると、他のサービスでも不正ログイン被害に遭う「パスワードリスト型攻撃」のリスクが常に付きまといます。mdocは、こうした物理カードとパスワードが持つ根本的な課題を解決し、デジタル社会にふさわしい、安全でプライバシーを尊重した新しい「信頼の基盤」を築くために生まれました。広がるmdocの可能性:本人確認の先にある未来mdocの真価は、単に本人確認を安全・便利にすることに留まりません。この信頼性の高いデジタルの身分証明は、私たちの社会に全く新しいサービスや体験を生み出す可能性を秘めています。行政から民間まで、あらゆるサービスがシームレスに将来的には、引っ越しの際の手続き(転出・転入届、免許証の住所変更、電気・ガス・水道の契約変更など)が、スマートフォン上の操作だけで一括で完了するようになるかもしれません。また、民間サービスにおいても、カーシェアリングの利用開始時の免許確認、フィットネスクラブの入会手続き、イベント会場へのチケット兼本人証明としての入場など、その活用範囲は無限に広がります。「クルマウォレット」が示す、新しいサービス体験その未来を垣間見せる興味深い事例として、九州大学で行われた「クルマウォレット」という実証実験があります。引用:九州大学でモバイル運転免許証時代の新たなユースケースの開発・検証を実施 | お知らせこれは、mdocの技術を活用し、車がドライバーの本人確認を自動で行うというものです。ドライバーが車に乗るだけで、車は「この人は有効な運転免許を持っている」と認識します。そして、そのままガソリンスタンドに入れば、給油から支払いまでキャッシュレスで完了。駐車場や高速道路のゲートも顔パスならぬ「クルマパス」で通過できます。このように、mdocは「人」と「モノ(車)」と「サービス(決済)」を安全かつシームレスに結びつけ、これまでにない快適な顧客体験を創り出す起爆剤となり得るのです。mdocの普及で新しい「信頼」の時代へmdocは、単なる身分証明のデジタル化ではありません。それは、国際標準に裏打ちされた、高度なセキュリティと利用者のプライバシーを第一に考えた、デジタル社会における新しい「信頼のインフラ」です。これまで私たちが抱えてきた、個人情報を不必要に開示する不安や、無数のパスワードを管理する煩わしさから、私たちを解放してくれます。そして、「選択的開示」という画期的な機能によって、自身のデータに対する主権を私たち自身の手に取り戻すことを可能にします。日本でも、マイナンバーカードへの搭載を皮切りに、その普及は着実に進んでいます。もちろん、法律の整備や、誰もが安心して利用できる社会的なコンセンサスの形成など、乗り越えるべき課題も残されています。しかし、mdocが私たちの生活をより豊かで、安全で、そして自由なものに変えていく可能性は計り知れません。それは、デジタル社会における人と人、人とサービスの「信頼のあり方」を根本から変革する、大きな一歩となるでしょう。マイナンバーカードの活用ならポケットサインこの記事で解説してきたように、mdocはマイナンバーカードのスマートフォン搭載を実現する、画期的な国際標準です。この便利な未来を実現するためには、サービスを提供する事業者側が、こうした新しいデジタルIDを安全かつ確実に検証できる仕組みを導入する必要があります。しかし、公的な本人確認を扱うシステムの導入には、法律への準拠や高度な技術力、そして国の認定など、多くのハードルが存在します。当社は、公的個人認証サービス(JPKI)を事業者向けに提供できる、数少ないプラットフォーム事業者(PF事業者)として主務大臣の認定を受けています。その豊富な実績とノウハウを活かし、企業のサービスにマイナンバーカードによる本人確認機能を、安価かつ迅速に組み込むためのAPIサービス「PocketSign Verify」などを提供しています。mdocの普及がこれから本格化していく中で、マイナンバーカードを活用したデジタル本人確認の導入をご検討の事業者様は、ぜひ当社にご相談ください。▼ポケットサインのサービスや取り組みについてはこちらから https://pocketsign.co.jp/▼導入に関するお問い合わせはこちらからhttps://pocketsign.co.jp/contact