オンラインでの厳格な本人確認(eKYC)の重要性が高まる中、公的書類における「氏名の表記ルール」に関する高市政権の新たな動きが注目を集めています。現在、政府は身分証などの公的証明書に旧姓のみを表記する「旧姓単記」を可能とするための基盤整備を検討しているのです。ただ、これは夫婦同姓に依拠する戸籍制度は維持するのが前提です。このため特に厳密な本人確認が求められるパスポートやマイナンバーカードといった身分証において、戸籍上の氏名との整合性をどのように図るのかなど、実務上の課題も多く残ります。本記事では、旧姓使用の幅が広がる第一歩として期待される「旧姓単記」と本人確認、企業のeKYC実務に今後どのような影響を与える可能性があるのかを分かりやすく考えます。目次あくまで「夫婦同姓」がベース婚姻で姓が変わる…不便、不利益を減らす旧姓単記は、2026年3月13日に閣議決定された第6次男女共同参画基本計画に明記されました。公的な証明書などに旧姓だけを記載することが可能となるよう、政府は法制化を含めた基盤整備の検討を進めます。・参照:第6次男⼥共同参画基本計画_第10分野のP.2「イ 家族に関する法制の整備等」(内閣府)高市政権に先立つ石破政権までは、選択的夫婦別姓の導入に向けた機運が高まっていました。経済界(経団連)や労働者側(連合)も選択的夫婦別姓を支持していましたが、「旧姓の通称としての使用」の拡大を持論とする高市早苗首相は旧姓を単記する方式の法制化に舵を切ったわけです。現在でも、住民基本台帳法に基づく政令により、マイナンバーカードや住民票に戸籍上の氏名と旧姓(婚姻前の氏名)を「併記」することは可能です。今回の男女共同参画基本計画は、こうした夫婦同姓は維持しつつ、旧姓のみを公的証明書に記載できるようにすることで、婚姻で姓が変わることで生じる社会生活上の不便や不利益を減らす狙いがあると言えます。選択的夫婦別姓との違いは?この議論でよく比較されるのが、既に触れた「選択的夫婦別姓」です。両者の最も大きな違いは「戸籍上の姓をどう扱うか」にあります。 選択的夫婦別姓は、希望する夫婦が戸籍上の姓をそれぞれ婚姻前の姓のままにする(法的に別の姓を名乗る)ことを認める制度です。一方の旧姓単記(旧姓使用の拡大)は、戸籍上は夫婦同姓であることを前提としつつ、社会生活において旧姓を「通称」として単独で使用できる範囲を広げるという仕組みです。しかし、戸籍上の氏名と日常で使う「氏名」が異なる状態となるため、実社会での運用においていくつかの課題が惹起される可能性が指摘されています(後述)。戸籍簿と住民基本台帳ネットワーク戸籍と住民票は“兄弟”関係そもそも戸籍とはどういったものなのでしょうか。戸籍とは、国民各個人(国内、海外いずれに居住するかを問わない)の身分関係を公証する制度であり、戸籍法に基づいて運用されています。戸籍は市町村の区域内に本籍を定める1つの夫婦と同じ氏(姓)の子を単位として編製されます。つまり、親子でも姓が異なるときは同一の戸籍には記載されません。それくらい、戸籍における法的な氏(姓)というのは重いものです。戸籍には(1)氏名、(2)生年月日、(3)戸籍に入った原因(出生など)とその日付、(4)実父母の氏名とその続柄、(5)養子の場合は養親の氏名とその続柄、(6)夫婦については夫または妻である旨、(7)他の戸籍から入った者については当該他の戸籍ーという情報が記載されています。これらによって身分を公証するわけです。これに対し、私たちが実生活でよく手にする住民票は、住民基本台帳法に基づくものです。住民基本台帳は住民票を通じて住民の居住関係(転入・転出、転居、世帯変更)を公証します。そして戸籍簿と住民基本台帳との相互の連絡を確保するために作成されるのが「戸籍の附票」です。戸籍の附票は、戸籍と住民票を一致させるため、その市町村に本籍を有する住民について市町村長が職権で作成します。住民票と戸籍とはいわば兄弟関係にあると言えるでしょう。本人確認のインフラ住民基本台帳は各市町村が保有するものであり、かつては当該市町村内においてのみ情報が利用されていました。この状況を一変させたのが住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)です。住基ネットは市町村の区域を超えて住民基本台帳のうち本人確認情報(氏名、生年月日、性別、住所、個人番号=マイナンバー、住民票コードおよびこれらの変更情報)をネットワーク化します。これにより、住民基本台帳に関する事務の広域化による住民サービスの向上と行政事務の効率化が図られました。住基ネットでは、地方公共団体情報システム機構(J-LIS)、都道府県およびその都道府県内の各市町村に設置されているコンピューターが専用回線で結ばれています(下図)。住基ネットは次のような役割を担います。国の行政機関、地方公共団体の機関等に対する本人確認情報の提供J-LIS、都道府県知事による本人確認情報の利用住民基本台帳法上の事務についての市町村間の情報のオンライン化①②の例としては、パスポートの申請があります。パスポートの申請をする際、かつては都道府県の窓口で住民票の写しを添付する必要がありました。これが住基ネットによって本人確認情報が提供されることにより、住民票の写しの添付が不要になりました。また、日本年金機構に対する年金受給者の住所変更届や受給権者死亡届の提出が不要になるなどしています。③の例はもっと身近です。住民票の写しの広域交付や転入転出手続きの簡素化があります。このようにJ-LISからオンラインで本人確認情報が提供されることで、行政手続きの利便性向上が実現しているのです。そして、住基ネットは公的個人認証サービス*にも活用されています。マイナンバーカードの券面事項とICチップの格納データは住民基本台帳(つまり住民票)のデータと連動・一致するよう運用されているのです。*公的個人認証サービス(JPKI = Japanese Public Key Infrastructure):マイナンバーカードのICチップに搭載された電子証明書を利用し、オンラインで利用者本人の認証や契約書等の文書が改ざんされていないことの確認を公的に認証する仕組みのこと。安全・確実かつ厳格な本人確認が手軽にできる点が特長。つまり、戸籍に記録されている情報は、私たちの本人確認の元締めであり、大本の基盤であると言えます。券面とICチップには旧姓併記が可能一方、マイナンバーカードには2019年から、戸籍上の氏名(現在の氏)に加え、手続きを行えば旧姓(旧氏)を併記することが可能になりました。ICチップ内にはカード券面に記載された情報(券面事項)の入力補助や確認用のデータ、電子証明書などが格納されています(下図)。自治体窓口で住民票への旧姓併記の手続きを行い併記されると、マイナンバーカード券面とJPKIの署名用電子証明書にも旧氏が併記で記録されます(すでにマイナンバーカードを持っている人が後から旧姓を併記する場合、自治体窓口でICチップ内の情報を書き換える作業が必要)。・参考:住民票・マイナンバーカード等への旧氏併記の開始について(J-LIS)マイナンバーカードを用いた本人確認制度との整合性は以上から、私たちが日常的に利用するマイナンバーカードや、企業が導入を進めるオンライン本人確認(eKYC)の実務においても、旧姓単記が導入された場合のシステム上の整合性が重要なテーマとなります。しかし、旧姓単記はこれらの面で課題がいくつか指摘されています。前述のとおりマイナンバーカードは住民票(住民基本台帳)に連動する公的な身分証明書ですが、仮に旧姓が単記された場合、住民基本台帳と連動する戸籍の情報との連携でシステム上の混乱が生じる可能性があります。例えば、マイナポータルを通じてパスポートのオンライン申請を行う際、紙の戸籍謄本に代わってシステム経由で戸籍情報を取得しますが、申請に必要な「戸籍上の姓」とマイナンバーカードに単記された「旧姓」が異なると、手続きがスムーズに進まない恐れがあります。同様に、原則として戸籍名で行われる納税手続きなどでも影響が想定されます。国際的な観点からの検討も必要です。なぜなら、国際的な規格では身分証明書は法的な氏名と一致することが求められ、旧姓のみを記載した証明書は「偽造」や「なりすまし」としてあらぬ疑いをかけられる恐れがあるからです(これらは、マネーロンダリング対策のために仕方ありません)。・参考:旅券(パスポート)の別名併記制度について(外務省)具体的にはパスポート(旅券)です。パスポートは戸籍に紐づいて発行され、日本政府が邦人を日本国籍であると公的に証明する公文書です。高市首相は国会答弁で、パスポートを例に挙げ「併記を求めるといった検討が当然必要になる」と述べました。・参考:「旧姓単記」導入、パスポートは難しく 戸籍変更なしが前提(日経電子版)海外のビジネス現場やホテル等の利用、航空券の購入といった場面では、パスポートの表記と通称(旧姓)が異なる場合、トラブルに発展する可能性があります。前出の日経電子版記事によれば、夫婦に同姓を強制する日本の戸籍制度は世界でも類を見ない仕組みとのことです。このため、旧姓の通称使用は海外で理解を得るのが難しいという側面もあるでしょう。今後、民間企業におけるeKYCや公的個人認証(JPKI)の活用がさらに広がる中で、「本人確認情報としての氏名」をシステム上でどう正しく照合するかは非常に重要な論点となるのが確実です。厳格かつ利便性の高いJPKIをはじめとしたeKYCのさらなる普及によって日常生活と経済活動の「信用の摩擦」をなくしていくためにも、今後の法整備や具体的な運用ルールに関する議論の行方に注視が必要です。マイナンバーカード活用ならポケットサイン以上みてきたとおり、公的書類への氏名の記載をめぐっては先行きが見通しにくい部分もありますが、厳格・厳密かつ利便性を損なわない本人確認が日常生活やビジネス上で求められるという一点だけは変わりません。2026年の携帯電話不正利用防止法、2027年の犯罪収益移転防止法の施行規則の改正に向け、民間事業者はJPKIをはじめとしたeKYC対応に向けたアプリの開発や改修が必須となります。 ただ、自社でネイティブアプリを開発する場合、ICチップ読み取り機能の実装に加え、テスト用マイナンバーカードの手配や検証に多大な期間を要します。そこで自社開発よりもはるかに容易にJPKIを導入できるようにするのが、当社ポケットサインのAPIサービス「PocketSign Verify(ポケットサイン・ベリファイ)」です(下図)。PocketSign Verifyでは証明書を用いたデジタル署名の検証を行うAPIと、マイナンバーカードと通信して署名の生成や証明書の吸い出しを行うSDK(ソフトウェア開発キット)を利用できます。PocketSign VerifyはJPKIはもちろん、前章で解説したICチップ読み取りにもスムーズに対応可能です。なお、JPKIを他者に提供するには、公的個人認証法に基づき主務大臣の認定を受けて「プラットフォーム事業者」になる必要があります。当社は2023年3月に民間事業者としては16 社目となるプラットフォーム事業者認定を取得しています。かつPocketSign Verifyは、マイナンバーカードを使わずにスマートフォンのみで公的個人認証サービス(JPKI)を利用できる「スマホJPKI」への対応を完了しています。・参考:PocketSign VerifyがiOSの「スマホJPKI」に対応(2025年6月24日付プレスリリース)・Pocketsign Verifyについて:https://pocketsign.co.jp/service/pocketsignplatform#verifyそのほかにも、マイナンバーカードのご活用に関する事柄は、ぜひ実績豊富な当社にご相談ください。▼問い合わせはこちらからhttps://pocketsign.co.jp/contact▼ポケットサインについてはこちらhttps://pocketsign.co.jp/