2026-03-26
原子力災害時に「誰もが使える」避難支援アプリへ
宮城県が目指す効率的かつ低負担の広域避難&検査の未来図
東日本大震災や福島第一原子力発電所事故の教訓を経た今、原子力災害時の「広域避難」は、地方自治体にとって住民の安全を守る上で最重要かつ困難な課題の1つです。数万人規模の住民が土地勘のない30キロ圏外へ一斉に移動する必要があり、過去の避難訓練では受付で受付待ちの長蛇の列が発生する等の課題がありました。こうした課題を解決するため、宮城県は令和5年9月からマイナンバーカードを活用した防災アプリ「ポケットサイン原子力防災」の本格運用を開始しました。導入の効果は大きく、訓練における避難所受付の速度は従来の14倍に向上し、避難の途中で行うスクリーニング検査に要する時間も40%削減することに成功しています。本記事では「行政DX」がもたらした避難行動の変容と今後の展望について、宮城県原子力安全対策課の目黒様と小野寺様に詳しく伺いました。

(写真:宮城県原子力安全対策課・目黒様=左=と小野寺様=右)
(取材・構成:ポケットサイン株式会社)
30キロ圏外への避難を少しでもスムーズに
ーーお二方はいつから原子力防災に携わってこられたんですか。
目黒様 私は令和5年度から原子力防災を担当しております。令和4年度から当県と御社とで防災DXに関する実証実験を始めたので、その翌年度ですね。防災系の部署は初めてですが、「ポケットサイン」の運用だけでなく、放射線量を測る資機材の管理など全般を担当しています。
小野寺様 私は技術系に属していまして、令和7年度からアプリの直接の担当をさせていただいております。6年度は情報管理の関係や緊急時の拠点施設であるオフサイトセンターの管理などの業務に従事していました。
ーー宮城県では自然災害用の「ポケットサイン防災」と「ポケットサイン原子力防災」の両方が導入されています。原子力災害特有のいろいろな課題もあると拝察しますが、やはり広域避難については東日本大震災の教訓がかなりあるのでしょうか。
小野寺様 そうですね。東日本大震災の時は幸いなことに女川原子力発電所で原子力災害は起きていません。間違いなく言えるのは、災害と防災に関する情報がきちんと住民に届くことがとても大切だということです。
なおかつ、広域避難の観点での検討が必要です。自然災害の際は、お住まいの近くの避難所に身を寄せていただくというのが通常の避難スキームです。それに対し、原子力災害の場合は発電所から30キロ圏の外に避難しないといけません。女川町や石巻市など発電所に近い方々は生活圏から離れたところ、場合によっては避難先が土地勘のない50キロ、60キロも離れたところになります。そうした情報を早め早めに適宜、住民のスマートフォンへお届けできるという点は、アプリ化するときに考えていた利点の1つかなと思います。

(小野寺様)
目黒様 最初のきっかけは、令和3年度の原子力防災訓練です。どうしても避難所の受付で住民が列をなしてしまうため、避難の円滑化が図れないかという課題を解決するためアプリ化を始めました。今までは、避難所受付ステーションというところに一旦立ち寄っていただき、そこで「あなたの避難所はここです」と確認してからその避難所に向かっていただく形でした。当ステーションは避難計画であらかじめ定めた避難場所が使えない場合に、代わりの避難所を案内する機能も担っているためです。
でも、アプリのプッシュ通知で「避難所はここです」と住民の方が動き出す前に指定できれば、土地勘のない地域に向けて動き出す負担を減らすことができます。

(目黒様)
ーー避難訓練にはどれくらいの方が参加され、どんな内容で実施したのでしょうか。
小野寺様 令和6年度の参加住民数は7市町合わせて約200人でした。自家用車で避難される方もいれば、マイカーをお持ちでない方や土地勘のない場所へ向かう方であればバスでの避難もあります。
目黒様 「ポケットサイン原子力防災」の仕組みをご理解いただくために、避難訓練に参加していない方も含め、当日にプッシュ通知をお送りしました。原子力災害時に必要な行動として屋内退避、つまりご自宅などに留まってくださいという内容です。
令和6年度からあった通知は、「ポケットサイン原子力防災」の個別のミニアプリに登録していただいている方に送っていました。それが、本体アプリである「ポケットサイン」の緊急メッセージ機能で送信できるようになったことで、「ポケットサイン原子力防災」には登録していなくても「ポケットサイン」には登録しているという方にも届くようになりました。送信できる人数が多くなり、大変ありがたいです。
緊急メッセージ機能:ミニアプリ「ポケットサイン原子力防災」の登録をしてなくても、本体アプリ「ポケットサイン」を登録していれば通知を届けられる機能
ーー「ポケットサイン」導入を決められたポイントはどのような点でしたか。
目黒様 令和4年の実証試験(訓練)でもアプリを使わせていただいて、避難の円滑化や住民負担の軽減というものが、アプリを導入することで図ることができるという確証が得られたのが1つのポイントでした。
また、放射性物質の放出後の場合、30キロ圏から外へ出る際に避難退域時検査場所という汚染検査をする場所でスクリーニング(検査)をしないといけないんですね。このスクリーニングについてもアプリで住民負担の軽減と避難の円滑化を図れるようにしていただいたのも大きかったです。
小野寺様 これに加え、初動のプッシュ通知や避難所チェックインも含めた実行力を有することをアプリの要件にしていました。そしてアプリの操作が容易で、緊急時において情報の判別がしやすいこともポイントとしていました。
また、行政側が正確な情報を取得できる点も求めていました。その点、「ポケットサイン」はマイナンバーカードを活用した機能が大きな特徴なので、それも重視した点ですね。
避難所チェックインの長蛇の列を解消
ーー避難訓練で避難所の受付で長蛇の列ができてしまうといったお話がありました。それも含め、従来から抱えておられる課題はどのようなことがありましたか。
目黒様 マイカーで避難しようとする住民はまず避難所受付ステーションに立ち寄らないといけないので、そこである程度お待ちいただく時間は出てくるものです。一方で、そこに行けば何でも相談できるという住民の避難をサポートする機能を有しています。ただ、もっと改善するにはどうしたらいいかを考えたとき、そもそも事前に情報を本人にお届けできれば、時間が短縮できます。そこはアプリで大きく改善されたと思います。
もう1つ、副次的な効果というわけではないのですが、避難所のチェックインの部分ですね。実は30キロ圏外に移動した時点で避難はある意味終わってはいるのですが、避難所の受付の円滑化という点で言うと、それまでは紙に書くことが必要で、列に並んでいただかないと職員が捌けないという課題がありました。その点、2次元コードを使うことによって並ばずにスピーディーにチェックインできるというところは、大きな負担軽減にもなります。将来的にアプリによる受付が大半を占めるようになれば、職員側の負担も減っていくと考えています。
ーースクリーニング(避難退域時検査)に関する課題も改善されたのでしょうか。
小野寺様 そうですね。スクリーニングの検査済証はもともと紙で交付していたのですが、これをアプリ化することで、アプリ上でいつでも簡単に見やすくなるうえ、紛失リスクが無くなります。避難所に入るときに職員が検査済証を確認する作業がスムーズになります。また、アプリだと基本情報(氏名、住所など)が入手済みなので、検査済証の交付の速度自体も上がりました。
避難退域時検査の時間が40%削減
ーー実際の運用について伺います。実際の避難の流れと、アプリを使ったフローそれぞれについて教えていただけますか。
小野寺様 原子力災害時、UPZ住民のケースで説明します(下図左端)。まずは自宅等で屋内避難というのが原子力災害の基本的な住民行動になります。なので、最初に事態の進展に合わせて「自宅待機」というような指示が、アプリのプッシュ通知やテレビ・ラジオ、防災無線、広報車のほかホームページやSNSなどで住民へ伝達されます。アプリや広報車は、地域に合わせて必要な通知ができますが、ホームページなどは全般的な情報を届けられるという違いがあります。

(宮城県作成 = 小野寺様提供)
続いて、放射性物質の放出後、線量が基準値を超過していた場合は避難することになるのですが、いったん避難退域時検査場所に行ってスクリーニングを受けます。アプリ未登録者にはヨウ素剤の説明資料や検査済証を手で配布する形になります。
アプリ利用者には通知で事前に説明資料をお読みいただくという簡略化がなされていて、検査済証の交付も、2次元コードをスマートフォンで読み込むことで、スマホに検査済証が表示される(電子発行)という仕組みになっています(上図中央)。令和5年度の実証では、検査場所で避難者全員がアプリを使用した場合に、検査が完了する時間が40%削減されました。
ーー検査する側と受ける側の双方にメリットがありますね。
小野寺様 おっしゃる通りです。その後、避難所の方に移るのですが(上図右端)、アプリ未利用者は避難所受付ステーションに立ち寄っていただいて、避難所をご案内します。複合災害などでは、実際の避難所と計画していた避難所とが変わってしまう可能性があるんですね。そこを、このステーションを経由することによって正確性を確保し、情報提供もできる仕組みにしています。これに対し、アプリ利用者の場合はステーションに立ち寄らずに直接、行っていただく避難所をお知らせできます。
そして、避難所に着いた後ですが、アプリ未利用者は紙に住所や氏名を書き込む必要がありますが、アプリ利用者は避難所に掲示された2次元コードをスマホで読み込むことで受付がすぐに済みます(上図右上)。住民の負担が軽減されるうえ、行政側としても名簿がすぐにできるのが利点です。令和4年度の実証試験(100人規模)では、避難所受付のトータルのスピードが14倍速くなりました。
ーー普通の自然災害の防災と違うにもかかわらず、かなり効率化できるんですね。
小野寺様 自然災害の時よりも確実に多くなる工程が、スクリーニングの部分と避難所受付ステーションです。スクリーニングは、車を全て一台一台止めなければいけません。検査自体は女川地域では電力事業者が行いますが、検査所の運営自体は県がしますので、負担は大きいです。一時移転の際は必ず検査を受けなければならないため、住民の方も負担は大きいと思いますので、そこの部分を効率化できるのは大きいと感じています。
目黒様 自然災害の場合は大体、対応の本部は地方自治体になります。それに対して原子力災害は国がいろいろ判断することになっています。放射線量が高いために避難が必要な地域の指定の判断などは国が行うので、それをもって県や市町村が住民に伝達しながら、こういった避難場所を開設するなどしないといけません。
国の判断やルールに基づきながら、住民への伝達など自治体の領域でどんな工夫ができるかと考えたときに、宮城県としては「ポケットサイン原子力防災」を選択したということです。

ーー実際にアプリを使って訓練を実施してみて、住民や職員の反応はいかがでしたか。また、運用上の気づき等はありましたか。
小野寺様 高齢者の方も結構参加されて、操作に手間取る方がいらっしゃいましたが、一回使って体験してもらうと、分かりやすくて操作できるようになったみたいです。全体的にスムーズで、使いようがある、という嬉しいご意見をいただきました。
運用面では、避難所を運営する職員はアプリのコンソールに慣れていないことが多いので、説明書は御社からいただいているとはいえ、コンソール画面を緊急時にパッと見て、操作法を理解できないのではないかと思いました。なので、事前にマニュアルの整備や講習会の継続的な実施を進めていきたいと考えています。あとは、もう少し直感的な操作画面になると使いやすいとは思います。
目黒様 まず大前提として原子力災害は自然災害と違ってほぼ起きないですし、起きてはいけないものです。よって、訓練以外でそうそうアプリの出番が来ることはありませんし、あってはいけません。そのうえでですが、避難訓練では、避難先などの情報をプッシュ通知で送るのは市町村を含めた行政になるので、市町の職員の方にアプリの使い方や受付のコンソール画面の見方を説明しました。なおかつ、アプリそのものを住民の方々に使っていただく取り組みが必要になっていくと考えています。
ーー担当社員と開発チームに申し伝えます。ところで「ポケットサイン」の普及率なのですが、対象地域の方々の登録率が、宮城県全域の登録率を上回っています。
目黒様 はい、直近だと50%を超えています。対象エリアの人口が約19万人なのですが、先日送った緊急メッセージの送信先が約9万8000人でした。年齢構成を考えると、かなり高い割合でご登録いただいていると感じています。
令和5年度に試験運用でしたが当地域限定で地域ポイント事業をやっていました。まだアプリとの紐付けはしていませんでしたが、他地域より先行して始められたという要因があります。「ポケットサイン原子力防災」は「ポケットサイン」のミニアプリなので、「ポケットサイン」向けの緊急メッセージが必ず届くようになっています。原子力防災が目的ではなくても、原子力防災のミニアプリが使える環境になっていることは大きいと思っています。
住民一人ひとりが普段から使うアプリへ
ーー今後の弊社への要望も含め、改善したいポイントは何でしょうか。
小野寺様 避難所運営などで実際に現場に行く職員は、あまりアプリや説明書に触れる時間がないため、災害時には急に対応する形になると思います。なので、運用に当たってはプッシュ通知を送る文言集の整備やコンソールの管理などについてもマニュアル等の整備を進めていきたいと考えています。
また、アプリに訓練モードの実装を求める声が各自治体から上がっています。やはりマイナンバーカードを使っていますので、訓練とはいえ生のデータが多く、職員がコンソールで万が一選択を失敗してしまうと大変なことになるため、少し心理的ハードルが高い面はあります。

ーーデモ環境の提供など、できることは検討させていただきます。今後の展望や、期待されている機能アップデートなどはいかがですか。
小野寺様 自宅等にいる住民に対してのプッシュ通知から始まって、避難退域時検査場所でのスクリーニングを終えて避難所のチェックインまで一連の流れにおいて、現在はそれぞれの名簿がバラバラになっていて一元的な管理ができていない部分があります。その一元化ができるようなシステムになるとありがたいですね。
また、原子力災害だけでなく、複合災害もあり得ますので、「みやぎ防災」と「原子力防災」とで情報を一元管理できれば、どちらかの避難所のみの管理ではなく、広域避難で来られた方も含めて情報共有ができます。
目黒様 現状、避難所ごと、避難退域時検査場所ごとの情報集約はされているので、いわば「箱管理」なんですよね。でも、私たち自治体側としては「人」がどうだったかという管理がしたいんですよ。ある避難所に来ている方の避難の流れを確認したいという時に、「箱」の中に入っている人の流れのつながりを今後もう少し見やすくしていただけるとありがたいです。現在はチェックイン時間が上書きされてしまいますが、いつ検査を受けて、いつ避難所にチェックインして、といった時間経過が分かると、被ばく量の把握にもつなげられる可能性もありますから。
ーー非常に貴重なご意見をありがとうございます。最後に、弊社ポケットサインに対して評価している点と今後期待する点を伺いたいです。
小野寺様 まだお付き合いは短い状態ですが、チャット等で何かあるごとに細かく親身に対応していただいて非常に助かっています。今後もいろいろとアップデート等を控えているということなので、より情報共有を密接にしながら進めていければと思います。
目黒様 私は地域ポイント事業で御社と意見交換しながらアプリを仕上げていったという経緯があるので、そこは非常にありがたく思っています。「ポケットサイン」のポテンシャルは防災にとどまらず、普段使いできるアプリであって、その活用によって生活がより良くなるというところだと思っています。まさしくDXの話になりますが、引き続き私たち防災以外の分野でも、より良くしていければいいなと期待しております。
ーー私たちもお役に立てるよう全社を挙げて励みます。本日は本当にありがとうございました。

まとめ
宮城県は原子力災害時の広域避難という困難な課題に対し、マイナンバーカードと連携したスマートフォンアプリ「ポケットサイン原子力防災」を導入し、訓練で大きな業務効率化を実現しました。紙ベースの従来方式と比較して避難所の受付速度が14倍、避難退域時検査の時間が40%削減され、住民負担の軽減にもつながっています。
地域ポイントとのひも付け等により地域住民のアプリ登録率は50%を超えています。今後、各市町の職員の運用習熟に向けたデモ環境(訓練モード)の実装や、個人の避難行動を追跡できるデータの一元管理が進めば、さらに利便性と操作性が向上すると期待されています。当社も、平時の利便性が有事の安全につながる「行政DX」の先進事例として、継続的な機能改善と体制強化を進めてまいります。
ポケットサイン原子力防災について
「ポケットサイン原子力防災」は、公的個人認証サービス(JPKI)に対応して自治体の行政サービスと住民をつなぐスマートフォン用スーパーアプリ「ポケットサイン」内のミニアプリです。マイナンバーカードとの連携により、住民一人ひとりに合わせた避難先の通知や避難状況などのタイムリーな把握、名簿管理などを一本化でき、自治体が円滑な支援を提供できることが特徴です。また、デジタル庁が公開する「防災DXサービスマップ」にも掲載されています。
当社は2023年9月から、東北電力女川原子力発電所(宮城県女川町・石巻市)に近い7市町向けに「ポケットサイン原子力防災」をカスタマイズした「宮城県原子力防災アプリ」を提供しています。
・参考:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000022.000110743.html
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