2026-03-05
半導体人材育成を、柔軟な制度設計で「使われる仕組み」へ
半導体産業振興室が挑んだ、スマホ完結型インセンティブ設計
地方自治体による人材育成に関する民間企業への助成金施策は、制度としては整っていても、「申請手続きが煩雑」「交付までに時間がかかる」といった理由から、必ずしも十分に活用されてこなかったという課題があります。特に個人向けの補助制度では、学ぶ意欲があっても手続きの負担が壁となり、行動につながらないケースも少なくありません。
こうした状況を踏まえ、宮城県では、半導体分野の人材育成に向けた新たな支援制度を開始する上で、手続きの簡素化や支援対象の属性・行動に応じた柔軟な制度設計の実現方法を検討していました。その結果、スマートフォンで申請から講座受講、インセンティブの受け取りまでを一貫して行える仕組みとして、みやぎ県民公式アプリ「ポケットサイン」と地域ポイント「みやぎポイント(愛称:みやポ)」を活用した制度設計にたどり着きました。
本制度は、開始からわずか2か月で約50件の申請を寄せられるなど、着実な動きを見せ始めています。本記事では、この取り組みを企画・推進した宮城県 経済商工観光部 半導体産業振興室 主事・飯田様に、制度立ち上げの背景や、現場で重視した考え方についてお話を伺いました。

(写真:半導体産業振興室 飯田様)
(取材・構成:ポケットサイン株式会社)
「半導体生産の重要拠点」の形成に向けて人材育成に取り組んだ
ーーまず、飯田様ご自身の立場から、半導体産業振興室に着任された当時の状況について教えてください。
飯田様 私は令和5年(2023年)12月に半導体産業振興室に着任しました。ちょうど宮城県への半導体工場立地が決定し、それに合わせて新しく当室が設置されることになり、その立ち上げメンバーとして配属された形です。
ーー新しい部署が立ち上がるタイミングでの異動だったのですね。当時は、どのようなミッションを想定されていたのでしょうか。
飯田様 当初は、新工場操業に向けた後押しが大きなテーマでした。人材育成もそうですし、関連企業との関係づくりなども含めて、これから動き出す部署だという認識でした。そうした中で、着任してしばらく経った2024年9月に、企業間で進めていた協業が解消され、その半導体工場の計画が白紙になるという出来事がありました。
ーー当初の前提が大きく変わる出来事だったかと思います。
飯田様 おっしゃる通りです。当初想定していた前提が変わったのは事実です。ただ、村井知事からは「引き続き、半導体産業の誘致を強力に推進していく」という方針が示されました。工場の話は白紙になりましたが、半導体産業や人材育成の重要性がなくなったわけではありませんでした。
ーーその判断が、その後の取り組みにつながっていったのですね。
飯田様 はい。人材育成・確保、取引創出、事業用地の確保という三つの柱を掲げ、「国内における半導体生産の重要拠点」となることを目指し、拠点形成に向けた県の基本的な取組方針として、令和7年3月に「みやぎ半導体産業振興ビジョン」を策定しました。
ーー今回の人材育成の取り組みは、そのビジョンの中でも具体的な施策の一つという位置づけになりますか。
飯田様 はい、その通りです。工場の誘致に向けても、人材を育てていくことは必要ですし、今回の制度は、その第一歩だと考えています。

半導体人材育成の課題は、業界を知る機会がないことにあった
ーー半導体産業振興ビジョンの中でも、人材育成・確保は重要な柱の一つですが、具体的に検討を進める中で、どのような課題感をお持ちでしたか。
飯田様 半導体分野は、実際にどういうものなのか、どうやって学べばいいのかが分かりにくい分野だと考えています。
いろいろな学校や企業を回る中で、学校側からは「どうやって半導体関連企業とつながればいいかが分からない」という声をよく聞きましたし、学生さん自身も「入り方が分からない」「どんな企業があるのか分からない」という状況でした。
ーー学生側だけでなく、学校側も手探りの状態だったのですね。
飯田様 そうですね。一方で、企業さんからすると「宮城県の学生がどんな人たちなのかが、いまいち見えない」という声もあって、学校・学生・企業、それぞれが互いのことをよく分からないまま、距離ができてしまっているような感覚がありました。
ーー三者の間に情報や認識のギャップがあったと。
飯田様 はい。そういう意味では、いきなり専門的な人材育成をやろうというよりも、その前の段階として、「半導体を学ぶ」という機会をどうつくるかが大事なんじゃないかと考えました。まずは一つ、半導体に興味を持ってもらう。そのきっかけをつくることがスタートだと思ったんです。
ーーそこで、まずは講座という形から始めようと。
飯田様 はい。まずは半導体講座の受講支援をしていこうという判断になりました。学ぶ入口を用意して、半導体を知るきっかけを増やしていくことが、人材育成につながる第一歩だと考えています。
九州の先進事例に学びながら、制度を「使われる形」に再設計した
ーー人材育成の入口づくりを考える中で、制度設計の参考にされた事例はあったのでしょうか。
飯田様 検討を進める中で、九州地方の取り組みはかなり参考にしました。特に福岡県の福岡半導体リスキリングセンターは、半導体分野の学習を体系的に進めている先進的な事例だと感じていました。
ーー九州は半導体産業の集積地としても注目されていますよね。
飯田様 そうですね。九州は半導体生産拠点の立地が進んでいる先進地域で、人材育成の講座や仕組みも以前から整備されています。一方で、宮城県ではそうした講座を一から用意するには時間もノウハウも必要になります。であれば、すでに実績のある講座と連携しながら、宮城県としてどう支援できるかを検討することになりました。
ーー実際に、九州の自治体の方々とも意見交換をされたそうですね。
飯田様 はい。福岡県をはじめ、九州の自治体の方々とお話しする中で、制度自体はしっかり整備されている一方で、申請や交付の手続きがどうしても負担になりやすい、という課題感を共有いただくことがありました。
ーー制度が成熟してきたからこそ見えてくる課題、という印象ですね。
飯田様 まさにその通りだと思います。先進的に取り組んでこられたからこそ、「せっかく用意した制度を、どうすればもっと多くの方に使ってもらえるか」という次の段階の悩みが出てきているのだと感じました。
ーーその気づきは、宮城県での制度設計にも影響したのでしょうか。
飯田様 はい。宮城県で同じような制度を作るのであれば、従来の補助金の延長ではなく、申請する側にとっての負担をできるだけ減らし、「やってみよう」と思ってもらえる形にすることが重要だと考えました。人材育成を進めたいという思いがあっても、手続きが複雑だと、どうしても行動につながりにくくなってしまいますから。
ーー制度の中身だけでなく、「使われ方」を重視されたのですね。
飯田様 そうですね。九州の先進事例と、そこで共有いただいた運用面の課題、その両方が、今回の制度設計を見直す上で大きなヒントになりました。どうすれば学ぶ行動につながるのか、どうすれば継続的に使ってもらえるのかを考えるきっかけになったと思っています。

確実に本人とつながれる仕組みがあったからこそ、攻めた制度設計ができた
ーー制度を「きちんと使われる形」に再設計していく中で、みやぎ県民公式アプリ「ポケットサイン」を活用するという判断に至った背景を教えてください。
飯田様 一番大きかったのは、「確実に本人とつながれる」という点でした。今回の制度は、申請に対してインセンティブを付与する仕組みですので、誰が申請してきて、誰にインセンティブを返しているのかが明確であることがとても重要でした。みやぎ県民公式アプリ「ポケットサイン」の本人確認機能によって、そこがしっかり担保されている点が大きな特長だと感じました。
ーー申請制度と本人確認は、切っても切り離せない部分ですよね。
飯田様 そうですね。従来の補助金制度だと、本人確認書類や住民票の提出が必要になったり、紙の書類をそろえたりと、どうしても手続きが煩雑になりがちです。今回の仕組みでは、スマートフォンで本人確認ができて、申請から受講、インセンティブの受け取りまでを一気通貫で完結させられるという点が、非常に魅力的でした。
ーー「お手軽さ」をかなり重視された印象があります。
飯田様 はい。とにかく、申請する側にとって分かりやすく、手軽にできることを最優先に考えました。せっかく学ぶ意欲があっても、申請が面倒だとそこで止まってしまいます。スマートフォン一つで完結できることは、行動につなげる上でとても大事だと思いました。
ーー制度設計の段階から、かなり細かい部分まで弊社の開発担当と一緒に詰めていかれたと伺っています。
飯田様 そうですね。申請するユーザー目線だけでなく、審査する行政側の視点も含めて、かなり細かく相談させていただきました。申請のステータス管理や差し戻しのフローなど、行政として必要なチェックをどうアプリの仕組みに落とし込むかは、何度もやり取りを重ねました。
ーー結果として、ユーザー側の簡便性と行政側の厳格さの両立が図れたと。
飯田様 はい。申請する側からすると、スクリーンショットを貼り付けるだけで申請が完了してしまうような、これまでの補助金申請手続きと比べると拍子抜けするほどの手軽さがあります。一方で、行政側としても、必要な確認はしっかりできる仕組みになっています。この両立ができたことで、従来の補助金制度では難しかった、思い切った制度設計を実現することができました。
ーー具体的には、受講料を全額支援する設計などでしょうか。
飯田様 そうですね。消費税分まで含めて全額を支援したり、講座によっては受講料以上のポイントを付与したりと、かなり攻めた設計になっています。こうした柔軟な設計ができたのも、みやぎ県民公式アプリ「ポケットサイン」とみやぎポイントを組み合わせることで、スピード感を持ってインセンティブを付与できる見通しが立ったからだと思っています。

使いやすさが行動を生み、学びが次の挑戦につながり始めている
ーー制度をスタートしてから、実際の反響や成果についてはいかがでしょうか。
飯田様 制度開始から約2か月で、申請件数は約50件になっています。制度開始前は、福岡県の講座を宮城県民が受講するケースが、1年半で50件ほどだったと聞いていますので、それと比べると、かなり速いペースで申請が集まっていると感じています。
※編集部追記:その後も制度の利用は順調に伸び、現在では当初の目標としていた申請件数「100件」を大きく上回る180件を達成されました。アプリの動作も安定しており、申請するユーザー側、審査を行う県側の双方で手続きが大幅に簡素化されたことが、申請件数の増加につながっているようです。また、年末年始以降も申請が伸びている状況を踏まえ、当初は1月末までとしていた申請期限を「3月末まで」に延長するとともに、期間や対象を限定して進呈ポイントを増額するなど、来年度に向けた実証的な取組を開始しています。
ーー短期間で大きく動きが出ていますね。
飯田様 そうですね。特に高校生を含む学生の方からの申請が多く、これまで半導体に触れる機会がなかった層にも、学ぶきっかけを提供できているのではないかと感じています。
ーー利用者の反応で印象的だった声はありますか。
飯田様 「インセンティブがとてもスムーズに、早くもらえる」という声を、実際に利用した職員を通じて聞いています。また、一度ポイントを受け取った方が、次の講座、さらに次の講座へと、継続して申請してくださるケースも出てきています。申請のしやすさが、次の行動につながっているのかなと感じました。
ーー行政側の運用面では、いかがでしょうか。
飯田様 正直に言うと、最後のポイント付与の部分は、まだ手作業で対応しているところもあります。審査完了後に自動でポイントが付与される仕組みになれば、よりスムーズになると思っています。ただ、それを差し引いても、従来の補助金制度と比べると、申請処理の負担はかなり軽減されました。
ーー今後、どのように広げていきたいとお考えですか。
飯田様 まずは、この制度を学校関係者や企業の方々にしっかり知ってもらい、授業や社内研修の中で講座を活用してもらえるような形を作っていきたいと考えています。また、対象となる講座の拡充も含めて、学びの幅をさらに広げていきたいですね。
ーー半導体分野に限らず、横展開の可能性も感じます。
飯田様 そうですね。今回の仕組みは、半導体分野に限らず、さまざまな申請手続きやインセンティブ事業にも応用できるものだと思っています。「何か行動したら、その結果がスムーズに返ってくる」。そういう体験を行政サービスとして提供できる可能性を感じています。

まとめ:学びへの一歩を後押しする仕組みが、人材育成の土壌をつくる
半導体新工場操業に向けた後押しという大きな前提が変わる中でも、宮城県は「引き続き、半導体産業の誘致を強力に推進していく」という判断のもと、人材育成に向けた新たな一歩を踏み出しました。その起点となったのは、専門的な育成のノウハウ以前に、「業界を知る機会がない」という現場の課題でした。
九州の先進事例に学びながら、従来の補助金制度の枠を超え、ポケットサインとみやぎポイントを活用した“使われる制度”を再設計。スマートフォン一つで申請から受講、インセンティブの受け取りまで完結する仕組みは、行動のハードルを大きく下げ、短期間で確かな成果を生み始めています。
「学びたい」「やってみたい」という一人ひとりの行動を後押しする仕組みづくりが、次世代の人材育成、そして地域産業の未来につながっていく。宮城県の挑戦は、まさにその第一歩と言えるでしょう。
この取り組みは、半導体分野にとどまらず、今後さまざまな行政施策へと展開していく可能性を秘めています。「やりたい」という意欲が湧いた瞬間に、ストレスなく完結できるUX(ユーザー体験)を整えておくこと。このわずらわしさの排除こそが、行政施策を形骸化させず、住民の具体的な行動へと繋げるための鍵となります。「何か行動したら、その結果がスムーズに返ってくる」という成功体験が、他のあらゆる行政手続きにおいても当たり前になれば、地域と住民の関係性はより密接なものへと変わっていくはずです。
ポケットサイン電子申請について

マイナンバーカード認証と連携するアプリ基盤「ポケットサイン」内で提供される、自治体向けのオンライン申請ミニアプリです。住民による申請から、自治体による審査・差し戻し・承認、対象者への通知までを、アプリと管理画面上で一元的に完結できます。従来、個人向け補助金や支援制度で課題となっていた煩雑な事務手続きを簡素化し、住民の利便性向上と職員の業務効率化を同時に実現する、運用前提の電子申請基盤です。
特長1:本人確認に基づく、正確で安心な申請受付
マイナンバーカードによる本人確認を事前に行うことで、なりすましや二重申請を防止。氏名・住所・生年月日・性別といった基本4情報を正確に取得できるため、記載ミスによる差し戻しや確認作業を削減できます。「誰が申請し、誰に支援するのか」を明確にできるため、監査や説明責任にも耐えうる運用が可能です。特長2:申請から審査・通知までを一元管理
自治体職員は管理画面上で、申請内容の確認、審査状況のステータス管理、差し戻し対応までを一貫して行えます。差し戻しや承認結果は、アプリへのプッシュ通知で即時に住民へ伝達でき、電話や郵送に頼らないスピーディーな対応を実現します。特長3:対象者にだけ届けられる申請案内
本人確認情報や自治体が保有するリストを活用し、年齢や居住地などの条件に応じて対象者を自動判定。該当する住民にのみ申請案内や専用フォームを表示できるため、郵送や一斉周知に比べ、確実かつ効率的に制度を届けることができます。特長4:多様な制度に応用できる柔軟な設計
補助金申請、講座受講支援、インセンティブ事業など、さまざまな行政手続きに応用可能な共通基盤として設計されています。
宮城県では、その応用事例の一つとして「半導体講座」というミニアプリ名称で「半導体オンデマンド講座受講促進事業」に導入され、申請から地域ポイント(みやぎポイント)の進呈までをスマートフォンで完結する仕組みを実現しました。制度の目的に応じた柔軟な設計が可能で、今後の横展開も見据えた申請基盤です。
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